代表プロフィール

MBA取得後30代で上場企業の取締役を務めた経営ノウハウを駆使したコンサルティング!

ビジネスプランやキャリアプランを一緒に描き、”あなたの未来創り”を支援します!

 

渡邊将志(わたなべ まさし)

 

MBAリーダーズ倶楽部 代表

経営コンサルタント&リーダー育成家

 

バージョン 2

 

<略歴>

1994年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、日興証券入社。営業、ニューヨーク駐在、M&A業務に従事。事業計画書やファイナンス理論を駆使した株価算定書の作成を含め約30件のM&A案件に携わる。

2001年松井証券入社、上場準備リーダーとして自社の上場を実現させ上場後のIR体制も構築。その後、経営戦略の立案に携わり業界トップシェアを実現。また広報IR担当部長としてTV・新聞に多数登場。

早稲田大学大学院(MBA)でリーダー理論を研究する一方、商品開発部長として日本初の商品を開発し特許取得。また業界初の商品を連発するチームづくりに成功し38歳で上場企業の取締役に就任。

2014年起業。「未来は自分の手で創る!」をモットーに将来プランを作成し実現を支援するコンサルティングを開始。上場前後や成長志向の強い企業向けに経営戦略や財務・事業計画の策定、上場・IR支援、人材育成等のサポートを行う。2015年MBAリーダーズ倶楽部創設。MBAホルダーやリーダー向けにキャリア支援を行い、次代を担うリーダーの育成にも取り組んでいる。

著書・寄稿に「論理力より創造力」(講談社出版センター)、「アイデアは才能では生まれない」(日本経済新聞出版社)、「早稲田ビジネススクールレビュー」(日経BP企画)がある。

(社)日本証券アナリスト協会検定会員

 

%e5%ba%a7%e3%82%8a%e6%a8%aa03 %e8%ac%9b%e7%be%a901

 

<これまでの経歴のまとめ>

MBAでのリーダー理論の研究に加え、証券会社で経営戦略や財務・事業計画を策定し、投資家に伝え、ビジョンを実現させた実績をベースに、企業や個人の将来目標の実現(未来創り)を支援している。

 

◆過去の主な職務実績

①M&A:株価算定書の作成、M&A戦略の策定と実行→30件の成約案件

②上場準備:上場手続き、投資家向け資料の策定と説明→東証一部上場

③広報IR :メディアや投資家向け資料の策定と説明→年300件取材対応

④経営企画:経営戦略(経営計画書)の策定と実行→業界トップシェア

⑤新商品開発:事業戦略(事業計画書)の策定と実行→新商品開発で特許取得

 

◆過去の学業実績(理論背景)

会計ファイナンス(大学):財務分析、財務計画書の作成方法→証券アナリスト資格

商品開発リーダー(MBA):新商品を生み出すチームをつくる方法→本として出版

 

◆現在の主な職務内容

①事業計画の策定:経営戦略やビジネスプランの策定と実行サポート

②上場・IR支援:投資家向け資料の策定と説明サポート

③人材育成:リーダーシップ、チームビルディング等の研修

④キャリア支援:キャリアプランの策定と実行サポート

⑤リーダー育成:リーダープランの策定と実行サポート

(①②③は法人向け、④⑤は個人向けコンサルティング)

 

これまでに200名超の経営者、リーダー、MBAホルダーをサポート10社超の経営コンサルティング(顧問を含む)1000時間超のコーチング30回超の研修の実績がある。

 

クライアントから「アドバイスが的確」「聞き上手で何でも話せる」「強みの引き出しがうまい」「勇気づけが上手でやる気が出る」「アイデアが豊富!」「笑顔を見ると元気になる」「コミュニケーションの達人!」「本当に言った通りになる」等の評価をいただく。

 

「幸せと成功を両立させるリーダーを世に広める」ことを使命(ミッション)とし、1000名のリーダーへのインタビューをはじめ「幸せなリーダーの輪を広げることで笑顔に溢れた世の中を実現させる」とのビジョン実現にも取り組んでいる。

 

img_6932img_6943

 

 

<経歴(これまでの人生の歩みです)>

1971年千葉市生まれ。「将軍や大将を志す人になって欲しくて”将志”と名付けた」と親から言われ幼い頃からリーダー(将)を意識。戦国武将に憧れ「絶対に自分もかっこいいリーダーになる!」と決意。子供の頃の夢は学校の先生。小5のとき担任の先生から勇気づけられ「自分も先生になってみんなを元気にしたい!」と思ったから。しかし、大阪府立北野高校2年のときバブル経済を見て「華やかな金融の世界でグローバルに働こう!」と方向転換する。(ついよりカネに目がくらみました…)

 

1994年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、日興証券入社。最初の仕事は営業。猛烈なノルマや損をさせた顧客への罪悪感から挫折。眠れない夜を過ごす。「早く営業から抜け出たい」ともがいていたとき、ある本に出会う。「キャリアプランを描いて毎日イメージすれば必ず実現する」とありすぐ実行。20代で金融のプロ、30代でリーダー、40代で経営者、50代で先生になるとのキャリアプランを作成。「絶対にプランを実現させる!」と決意。人事申告書に「海外で働きたい!」と熱く希望を書いたら半年後にニューヨーク駐在が決まる。「本当に実現した!」とキャリアプラン作成の効果に驚く

 

帰国後、M&A業務に従事。大学で会計学を専攻していたものの学問と実務の差、ファイナンスの知識が足りずに挫折。猛勉強して財務とファイナンス、M&Aの実務スキルを習得。事業計画書や株価算定書の作成を含め30件超の案件に携わる。また、プロジェクトリーダーに抜擢され、自己の責任と意志で案件を仕切るリーダーの仕事に強烈に魅せられる。30歳のときインターネットの将来性に魅力を感じて黎明期だったネット証券への転職を検討。周囲からの猛反対や年収半減にビビる中、「30代でリーダーになるにはベンチャーがいい」それに「世の中を変える仕事をしよう!」と転職を決める。(年収が半減したことを転職雑誌で大々的に公開されました…。内容は下の方に記載しています)

 

2001年松井証券入社。当時は無名の会社だったため交流会などで有名企業の人がチヤホヤされる一方、会社名を誰も知らずに肩身の狭い思いをして挫折。最初は経営企画部に配属、自社の上場準備を担当。深夜に及ぶ作業が連日続くが「絶対に上場を成功させて世の中を変えてみせる!」との強いモチベーションから充実した日々を過ごす。無事に上場を果たし、売買高で野村証券を抜いてトップになったとき「本気で取り組むと世の中って変えられるんだ!」と実感する。

 

その後、広報IR担当部長に就任。年間300件の取材を受け、どんなタイプの人にもニコニコと対応できるコミュニケーションスキルを身につける。また情報を面白く、わかりやすく伝えることで新聞、テレビ、雑誌でコメントが多数取り上げられる。しかし、リーダーとしては強権的で、仕事を任せられないタイプだったため、みんなが疲弊して挫折。チームとして成果を出せないことに悩み「経営やリーダーシップをイチから学ぼう」と会社を辞めMBAに行くことを決める。34歳で収入ゼロ職業は学生となる。(退職と同時に結婚。妻は会社を辞めずに働いていたため夫が寿退社をしたことに…)

 

2005年早稲田大学大学院(MBA)入学。周りから専業主夫に間違えられたり、ヒモ疑惑に悩まされて挫折。一年目にサーバントリーダー(周りに奉仕するリーダー)を知り「これが理想のリーダー像」と確信。また、「幸せになると成功する」とのポジティブ心理学の考えにも共感。これまでの自分勝手なスタイルと決別し「これからは周りを幸せにするリーダーになる!」と決意。二年目から商品開発リーダーの研究を開始。100本超の海外文献の読み込みと10名のリーダーへの50時間に及ぶロングインタビューにより独自のリーダーの成功法則を確立、本を出版。「絶対に幸せなリーダーのスタイルで世の中に新たな価値を提供する!」と心に誓い、学生から社会人に戻る。(研究成果を本にしたのは、将来、先生になるために必要と考えたから)

 

2007年MBA取得後、松井証券に復帰。商品開発部長として商品開発リーダーとなる。「自分でつくった理論通りにやれば絶対うまくいく」と自信満々で仕事に臨むものの実践できずに挫折。知っていることを思い通りに実践できないイラダチ、周りを幸せにしようと過度に配慮したり我慢したストレスから帯状疱疹になって戦線離脱。「どうしたら成果の出るリーダーになれるんだろう」と絶望的な気持ちになる。ただ「絶対に幸せなリーダーになる!」との強い想いは消えず、あらやる方法を模索する。

 

できないなら、できるまでひたすら練習しよう!」と実践で練習しながらスキルを高める学習を開始。自分のすべての行動を記録して客観的に分析。できなかった点は「次はこうする」と対策を決めて頭の中でシミュレーション(メンタル・リハーサル)を繰り返す。そして実践した結果を記録して分析する。このサイクルをひたすら回す。5年間、毎日書き続けた結果、5000枚にのぼる膨大な実践的なリーダーの成功ノウハウがたまる。また、実践を通してスキルを効率的に身につける独自の学習ノウハウも確立。それにより実践できることが徐々に増える。

 

目標に向かって一心不乱に取り組んでいる内に人生が充実し、前向きで幸せな気分になってきた。また、実践できることが増えると、自分のリーダーシップに自信が持て心に余裕が生まれる。すると、周りが見えるようになり、自然にメンバーの良い行動をホメたり、困っている人の応援やサポートができるようになる。応援をもらった人は、幸せな気分になり、やる気も高まり自発的に動き出す。すると、チームとしての成果も徐々に出るようになった。理想としていたサーバントリーダーの姿がかすかに見え、「幸せになると成功する。やっぱりこの順番だ!」との確信を持つ。

 

並行してチームメンバー全員との個別面談を5年間、毎月実施。仕事だけでなくプライベートの相談にものる。時にはお互い泣きながら話し合うことも…。のべ500時間を超える面談(コーチング)により話を共感的に聞いて勇気づけて力を引き出すという独自のコミュニケーションスタイルを確立。メンバーとの信頼関係が強まり、更に意欲的に動き出す。また、メンバー同士が協力し合うようになり成果も上がる。加えて社外のリーダー仲間との交流により貪欲にノウハウを蓄積。それにより日本初・業界初となる商品を連発するチームづくりに成功、38歳で上場企業の取締役に就任。「幸せと成功を両立させるリーダーとなる方法論」を確立。プラン通り30代で成果の出せるリーダーになる。

 

取締役就任後は、業界全体を活性化する取り組み、本や雑誌等の原稿執筆、大学や大学院での講義、講演など社外での活動が増え、これまでの自分の経験や成功ノウハウを伝える機会が多くなる。それまでは恥ずかしながら自分や自分のチーム、自社の幸せを考えることにしか興味がなかった。でも、これらの活動を通して目線が一段上がる。それからは「自分と同じような悩みで苦しんでいる人たちをサポートしよう」「これまでに蓄積した成功ノウハウをより多くの人に伝え、周りや世の中の幸せに貢献することがこれからの自分の使命」と感じるようになる。

 

2015年MBAリーダーズ倶楽部を創設、代表就任(現職)。キャリアプラン通り40代で経営者となる。MBAで研究した理論と上場企業の取締役を務めた実務経験をベースにMBAホルダー、リーダー、経営者専門に「幸せと成功の法則」を伝える活動を開始。「幸せと成功を両立させるリーダー」の育成・支援に取り組んでいる。また、1000名のリーダーへのインタビューにより、リーダーのネットワークをつくると共にお手本となる企業やリーダーの成功ノウハウや生き様を広く世に伝える活動も行っている。そして、50代で先生になるとの次の夢の実現に向けて挑戦を続けている。

 

%e6%83%b3%e3%81%84%e6%a8%aa03

 

<著書・寄稿>

「論理力より創造力」(渡邊将志著、講談社出版サービスセンター)

「アイデアは才能では生まれない」(美崎栄一郎編著、日本経済新聞出版社)

「修了生が本音で語る国内MBAスクール白書」(飯野一編著、中央経済社)

「早稲田ビジネススクールレビューvol.06」(日経BP企画)

 

img005 (108x150)   img002 (102x150)   yjimage (104x150)   img004 (110x150)

 

<趣味>

・ラテンダンス(40代から開始、ラテンのノリとリズムが好きです。ディスコ系ダンスも好きです)

・ヨーロッパの田舎めぐり(30代から開始、夏休みに妻と二人で行くのが恒例行事です)

・温泉めぐり(20代から開始、少しぬるめの100%源泉掛け流しの温泉が好きです)

・城めぐり(10代から開始、籠城戦をシミュレーションしながら見学するのが好きです)

 

%e3%83%80%e3%83%b3%e3%82%b9%e3%83%81%e3%83%b3%e3%82%af%e3%82%a8%e3%83%86%e3%83%83%e3%83%ac%e8%b5%a4%e5%80%89%e7%86%8a%e6%9c%ac%e5%9f%8e

 

<所属団体(私的なものも含む)>

・日本証券アナリスト協会検定会員

・CLIP(Creative Leaders Interactive Project)

・東京三田倶楽部(慶応義塾塾員の会員制倶楽部)

・一般社団法人 アミチエ ソン フロンティエール インターナショナル ジャポン

 

%e9%a3%b2%e3%81%bf%ef%bc%88clip%ef%bc%89バージョン 2

 

メディア掲載

<新聞掲載>

「日本経済新聞 2011年10月24日」早稲田MBAの主な卒業生として15面掲載 ほか多数

IMG_3836

 

<雑誌掲載>

「マネーポスト 2009年7月号」(小学館)p56掲載

「フィナンシャルジャパン 2008年8月号」(ナレッジフォア)p104掲載

「日経マネー 2004年10月号」(日経ホーム出版社)p27掲載

「週刊エコノミスト 2004年10月5日号」(毎日新聞社)p20掲載

「Yahoo Japan 2004年7月号」(ソフトバンクパブリッシング)p183掲載

「マネージャパン 2004年5月号」(SSコミュニケーションズ)p26掲載

「日経マネー 2003年11月号」(日経ホーム出版社)p31掲載

「週刊エコノミスト 2003年8月19日号」(毎日新聞社)p22掲載

「日経トレンディ 2003年5月号」(日経ホーム出版社)p66掲載

「日経マネー 2003年4月号」(日経ホーム出版社)p21掲載

「エコノミスト 2002年3月4日号」(毎日新聞社)p13掲載

「Gainar 2002年3月号」(光文社)p153掲載

「金融ビジネス 2002年2月号」(東洋経済新報社)p40掲載

「日経ビジネス 2001年9月10日号」(日経BP社)p140掲載

「キャリア転職マガジンtype 2001年4月3日号」(キャリアデザインセンター)p47掲載

 

<テレビ出演>

「東京マーケットワイド」(MXテレビ)2012年4月9日放送

「モーニングサテライト」(テレビ東京)2009年7月22日放送

「東京マーケットワイド」(MXテレビ)2008年7月17日放送

 

<WEB掲載>

「SFCスピリッツ」(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)2009年6月3日掲載

 

研究活動など

<修士論文>
「チームにおけるアイデア創出プロセスの探索的研究~クリエイティビティを高めるリーダーの役割~」(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科(MBA)、渡邊将志、2006年)

修士論文はこちらからご覧いただけます。

 

<大学院・大学での講義>

「生産性と創造性のマネジメント」(早稲田MBA:杉浦正和教授)2009年12月3日

「SFCキャリアセミナー」(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)2009年11月5日

「生産性と創造性のマネジメント」(早稲田MBA:杉浦正和教授)2009年1月15日

「アントレプレヌールシップ」(早稲田MBA:東出浩教教授)2007年1月24日

 

<ケーススタディ・研究への協力>

「オンライン証券業界にみる黎明期の企業間競争」(東京大学ものづくり経営研究センター)2004年6月

「Transforming Matsui Securities」(Harvard Business School)2003年10月

「Online Securities Trading in Japan」(Harvard Business School)2003年10月

「ケーススタディ:松井証券」(一橋大学大学院国際企業戦略研究科)2003年3月

「ポーター賞受賞」(一橋大学大学院国際企業戦略研究科「ポーター賞」運営委員会)2001年12月

 

参考情報

ここからは倶楽部活動に関連する私のキャリア情報をランダムにお伝えしていきます。長くなりますので、お時間のあるときにでも、お気軽にご一読ください。

 

<キャリアの原点>

私の子供の頃の夢は学校の先生になることでした。みんなでワイワイ盛り上がりながら学び、成長するというあの雰囲気が大好きで「大人になってからも学校に関わりたい」と思っていました。ただバブル経済を見て、華やかな金融の世界に魅力を感じ方向転換しましたが「いつかは学校の先生になる!」と決めていました。そのためMBAに行ったり、本を書いたり、講義をしたりと地道な活動を続けてきました。

ここでは小学校の卒業文集を掲載します。先生になりたい理由や先生への社交辞令など突っ込みどころ満載です(小学生ですから…)。ただキャリアの原点はここにありますので敢えて掲載します。

 


「ぼくの将来」 渡辺将志(6年2組)

 

ぼくが大人になったらなりたいのは小学校の先生です。なぜかというと休みがいっぱいあって、しかも夏目漱石が書いた「吾輩は猫である」の中にも「吾輩が人間に生まれていたら絶対教師になる」と書かれてある。このような事が主な理由です。

でも、ぼくは教師はすごく大変だと思います。最初に書いた休みがいっぱいあるということは、休みの間に旅行や読書など自分の好きな事が出来るからです。教師には大変な事がいっぱいありますが、特に大変なのは遠足の時です。いろいろ計画を立てたりしなくてはならないし、迷子になった人がいたら先生や学校側が責任をとらなければなりません。

このように大変な仕事だからこそ、ぼくは何でもやってみたいのです。しかし教師は大変な事ばかりではありません。例えば自分の好きな教科などの時です。この時は生徒に詳しく、楽しく、わかりやすく教えてあげれば、生徒はもちろん自分も楽しくなります。

ぼくが一年から六年までにおそわった先生方は、みんないい先生でしたので、いい先生の良いところを見習ってぼくもりっぱな先生になりたいと思っています。

 

(大阪市立中津小学校 1983年卒業記念文集p38掲載)


img001 (200x156)

 

<初めてのキャリアチェンジ>

私は30歳のときに初めて転職をしました。そのときは大手証券から黎明期にあったネット証券への転職でした。年収は半減、会社も無名のため周りからは大反対されました。ただ「30代でリーダーになる」との自分のキャリアプランを考えたとき「むしろ小さな会社で早くリーダーの経験を積みたい」と思っていたこと、そして何より「世の中を変える事業に参加したい」との思いから転職をしました。
そのときの気持ちが転職雑誌に掲載されていますので、ご紹介します。

 


「年収半減!それでも証券界革命を選択した!」渡邊将志氏(30歳)

 

大企業からベンチャー企業へと人材の流動化が加速する中、「年収が半減しても構わない」と果敢にベンチャー企業に飛び込んだ男がいる。ネット証券のトップ企業、松井証券に先月転職した経営企画部課長の渡邊将志氏だ。実際、渡邊氏の年収はほぼ半減した。

平成6年に慶應義塾大学総合政策学部を第一期生として卒業後、入社した日興証券での年収は「約1千万円、それに月々6万円の家賃補助があった」というから総額で1千万円を優に超えていた。しかし松井証券で約束されているのは月収29万円のみで、ボーナスは実績次第。仮に月収の7ヶ月分とすると約550万円となる。

(略)

とはいえ年収半減はビジネスマンにとってはやはり痛手だ。一体何が渡邊氏を突き動かしたのだろうか?「一言でいえば松井社長に惚れたんです」と渡邊氏は事もなげに語る。「証券界に革命を起こすという理念を聞き、自分も参加したいと思った」のが転職の動機だという。

経営企画部は松井社長直属の組織。経営戦略の立案が重要な任務となるが、何よりも「松井社長に直に接する機会が多く、同じ空気を吸えるのが魅力だ」と語る。「今まで証券会社はかなりムリをしてきたと思います。手数料収入を稼ぐために、強引な営業をやってきたし、強引な営業の裏返しで損失補てんまでやってきた。これを本来の姿である顧客中心のより安価で、より便利なブローカー業務に徹する姿に戻す。それが松井証券の掲げる革命であり、挑戦なのです」

かつて「蟷螂の斧」と評された松井証券の挑戦も、着実に成果を出しつつある。株式の信用取引では株数ベースで昨年8月に業界一位を達成。「世の中を変えているんだというこの実感。これはお金の問題ではありませんよ」

 

(「キャリア転職マガジンtype 2001年4月3日号」(キャリアデザインセンター)p47掲載)


 

<キャリアの目標:理論と実践の融合>

私は「学業(アカデミック)」と「実業(ビジネス)」の両方に関われる人間になりたいと思っています。前述の通り、先生になることを夢見てきましたが、学校だけの世界では視野が狭くなりそうですし、いずれ学んだことを実践したくなるはずです。一方、ビジネスだけでは知識をうまく体系化できないので、この二つを両立させることが自分にとって望ましい生き方だと考えています。
母校の慶應義塾大学(SFC)に「理論と実践の融合」と題して寄稿しましたので、ご紹介します。

 


「理論と実践の融合」 渡邊将志 1994年総合政策学部

 

“Nothing is so practical as a good theory.”

「良い理論ほど実践的なものはない」これは、心理学者のクルト・レヴィンの言葉です。

この言葉を初めて見たのは早稲田ビジネススクール(MBA)に行く少し前のことでした。それまで「理論」と「実践」は対極に位置すると考えていましたので「理論が実践的?なんか学者特有のレトリックで現実味に欠けるなぁ」との印象を持ったことを覚えています。あれから4年経った今、改めてこの言葉を見ると「確かにその通り」と思います。なぜ、そう思うようになったのか、これからご紹介したいと思います。

 

実践で芽生えた思い

私は大学卒業後、日興証券で個人営業、NY支店、M&A業務を経験した後、松井証券という社員が100名ほどの小さなネット証券に転職しました。そこでは広報IRという新聞記者や投資家に会社の戦略を説明する仕事をしていました。

年間300名ほどの人と会いますので、それなりに勉強になりましたが、常に付きまとっていた劣等感がありました。それは「自分で新たな価値を生み出した経験がない」、もっと言えば「新しい企画やアイデアをどう考えたらよいかわからない」ということでした。

そこで一度、キャリアを中断して大学院で新しいアイデアを生み出す方法論を研究してみようと思い、会社を退職して早稲田のビジネススクールに入学しました。

 

実践から理論へ

ビジネススクールでは修士論文を書くための研究期間が1年ほどありました。そこで、すかさず「新しいアイデアを生み出すための方法論(クリエイティビティ理論)」を自分なりに打ち立て、修了後、その理論を実践しようと思い研究に取り掛かりました。

研究プロセスとしては、まず先行研究を調べ過去の理論をベースにした仮説モデルを構築しました。その後、過去の理論にはない「新たな発見(something new)」がないかを探るため、新商品開発をしているクリエイター10名にインタビューをし「どのようにしてアイデアを出すのか?」その秘訣を探りました。

そして過去の理論とインタビュー結果を組み合わせて、自分なりの「クリエイティビティ理論」を構築しました。そこに至る過程ではインタビュー内容を録音したテープを耳にこびりつくまで何度も聞き返しましたので、最後の方はクリエイターの言葉を暗唱できるようになっていました。そのため、この理論を完成させたときには不思議と「自分でも新商品の開発ができるはず!」と根拠のない自信に満ち溢れていました(今から思えば恥ずかしい限りです)。

そこで、この理論を武器に再度、実務の世界で勝負をしようと思い、松井証券に戻り新商品開発を担当する部署に配属させてもらいました。ちなみに、この研究成果をまとめたものを本にしました。『論理力より創造力』(講談社出版サービスセンター)渡邊将志(著)アマゾン等でも購入できますので、ご興味があれば、ご一読ください。

 

理論から実践へ

いざ実務の立場に戻ると、さて困りました。新商品開発の「研究」はしていましたが「実践」は初めてです。ただアイデアを生み出す方法論は知っていましたので「ああでもない。こうでもない」と試行錯誤を繰り返した後、「夜間先物取引」という新サービスを思い付きました。

普通、新しいアイデアは「何もないところからポッと生まれてくるもの(無→有)」と思われがちですが、これまでの先行研究やクリエイターの発言から新しいアイデアというのは「組み合わせ」であることを学びました。具体的には、これまで結びつかなかった既存のモノが組み合わさることで新たな価値が生まれる、これが「クリエイティビティ(アイデアの創出)」なのだということです。

夜間先物取引についていえば「夜間取引」も「先物取引」も既に行われていた既存の取引です。しかし、この二つを組み合わせた「夜間先物取引」、つまり夜の時間帯の先物取引は、これまでほぼ行われていませんでした。理論を知っていたが故に、これまで結びつかなかった既存のモノを組み合わせることで「新たなアイデア」を生み出すことができたというわけです。

恐らくビジネススクール時代に「理論」を構築していなければ思いもつかなかったはずです。その意味では「良い理論ほど実践的なものはない」とのレヴィンの言葉を実証したともいえるかもしれません。

昨年、TV番組に出演し、夜間先物の紹介をしました。その時の映像はこちらです。

 

理論と実践の融合

このように「実践→理論」「理論→実践」と移って今日に至っていますが、これからは「理論と実践の融合」をより一層図っていきたいと考えています。

その一貫として昨年、修論作成時にご協力いただいたクリエイターの方と「クリエイティビティ研究会(早稲田の公式な研究会)」を発足しました。名称は「CLIP(Creative Leader’s Interactive Project)」です。私も含めメンバーがビジネススクールの授業に講師として出席するなど理論と実践の橋渡し的な活動を既に始めています(いつかSFCでも、このような活動ができるといいのですが)。

また今は、先に構築した理論の有効性について実務を通して検証をしているところですが新たに発見したことを随時、盛り込んでいきたいと考えています(理論の補強)。また、それ以外にも実務で疑問に感じたことがあれば、それらをテーマに新たな研究に取り組み、理論化していきたいとも考えています。

このように、これからは「理論→実践→理論…」と理論と実践の間を行ったり来たりしながら、できることの範囲を増やしていき世の中に「新たな価値」を提供していきたいと考えています。

 

(「SFCスピリッツ」(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)2009年6月3日掲載)


 

▼シェアをお願いいたします!▼

お問い合わせ・ご相談はこちら

メールでのお問い合わせ

info@mbaleadersclub.com

フォームからのお問い合わせ

お問い合わせフォーム »

コラムテーマ一覧

過去のコラム

主なコラム

⇑ PAGE TOP