代表プロフィール

”MBA”と”上場企業の取締役”の経験を持つ経営コンサルタント

20社超の新興上場企業&上場準備企業の戦略・IR・広報・上場支援の実績!

200名超のリーダー&MBAホルダーのサポート実績!

 

渡邊将志(わたなべ まさし)

 

MBAリーダーズ倶楽部 代表

渡邊将志オフィス株式会社 代表取締役

 

バージョン 2

 

<略歴>

1994年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、日興証券入社。営業、ニューヨーク駐在、M&A業務に従事。財務アドバイスや株価算定書の作成を含め約30件のM&A案件に携わる。

2001年松井証券入社、上場準備リーダーとして自社の東証一部上場を実現。その後、経営戦略の立案に携わり業界トップシェアを実現。また広報IR担当部長として年300件の記者取材に対応、新聞やテレビに多数登場。IRでは上場後のIR体制を構築し、後の日経225銘柄への採用に貢献。

2005年早稲田大学大学院(MBA)でリーダー理論を研究、本を出版。

2007年商品開発部長就任。日本初の商品を開発し、特許取得。その後、業界初の商品を連発するチームづくりに成功し、2009年38歳のとき取締役就任、4期務める。

2014年渡邊将志オフィス株式会社を創業、代表取締役就任(現職)。新興上場企業や上場準備企業向けに成長戦略の策定、IR・広報・上場支援のコンサルティングを実施(20社超の実績)。

2015年MBAリーダーズ倶楽部を創設、代表就任(現職)。これまでに200名超のMBAホルダーやリーダーのキャリア支援を行うなど、次代を担うリーダーの育成にも取り組んでいる。

著書・寄稿に「論理力より創造力」(講談社出版センター)、「アイデアは才能では生まれない」(日本経済新聞出版社)、「早稲田ビジネススクールレビュー」(日経BP企画)がある。

(社)日本証券アナリスト協会検定会員

 

%e5%ba%a7%e3%82%8a%e6%a8%aa03 %e8%ac%9b%e7%be%a901

 

<著書・寄稿>

「論理力より創造力」(渡邊将志著、講談社出版センター)

「アイデアは才能では生まれない」(美崎栄一郎編著、日本経済新聞出版社)

「修了生が本音で語る国内MBAスクール白書」(飯野一編著、中央経済社)

「早稲田ビジネススクールレビューvol.06」(日経BP企画)

 

img005 (108x150)   img002 (102x150)   yjimage (104x150)   img004 (110x150)

 

<過去の職務実績>

新商品開発(6年):日本初の商品を開発し特許取得(発明者として登録)

②IR(4年):年100件の投資家・アナリスト対応で後に日経225銘柄に指定

広報(4年):年300件の新聞・雑誌記者の取材対応でメディアに多数登場

経営企画(4年):経営戦略の立案に携わり業界トップシェアを実現

上場準備(半年):上場準備リーダーとして東証一部上場を実現

⑥M&A(4年):株価算定書の作成を含め約30件の成約案件を担当

(*)上記②③④は4年間兼務

 

img_6932img_6943

 

<現在の職務内容と実績>

東証一部上場の証券会社での取締役の経験、MBAでの商品開発リーダー理論の研究、経営戦略を立て、メディアや投資家に伝え、数多くのビジョンを実現させてきた実績をベースに、新興上場企業や上場準備企業の戦略・IR・広報・上場の支援、 MBAホルダー向けのキャリア支援を行なっている。

 

1.法人向けサービス(コンサルティング)

①戦略策定経営戦略や事業計画の策定の支援(実績:11社)

②IR支援IR資料やプレゼン方法など投資家対応の支援(実績:5社)

③広報支援:プレスリリースや説明方法などメディア対応の支援(実績:3社)

④上場支援:投資家対応など上場手続き全般に関する支援(実績:3社)

⑤財務アドバイス:財務分析や財務計画の策定等の支援(実績:3社)

⑥人材育成(研修)リーダーシップやチームビルディング研修(30回超)

 

2.個人向けサービス(コーチング)

①キャリア支援:キャリアプランの作成と実行の支援

②リーダー育成:リーダープランの作成と実行の支援

③お悩み解決:悩みを整理し解決プランの作成と実行の支援

 

 

 

<強み(クライアントから評価されている点)>

高いコミュニケーション力

・相手の話を共感的に聞き、わかりやすく伝えることができる

・相手の強みを見つけ出し、勇気づけて、本来の力を引き出すことができる

「話がわかりやすい」「聞き上手で何でも話せる」「ニコニコしていて相談しやすい」

「強みの引き出しが上手で成果が出る」「勇気づけが上手でやる気が出る」との声

 

②豊富なノウハウ

・MBA(理論)と上場企業の取締役(実践)の経験に基づく豊富なノウハウ

・様々な職歴をベースに総合的な視点から企業経営を見ることができる

「アドバイスが的確」「アイデアが豊富」「切り口が鋭い」「本当に言った通りになる」との声

 

ポジティブ思考

・逆境下にあっても「絶対に乗り越えられる」との楽観性と粘り強さがある

・数々の目標を実現した経験から「夢は必ず実現する」との信念がある

「挑戦している姿を見ると勇気をもらえる」「自分も前向きになれる」との声

 

 

<経歴(これまでの人生の歩みです)>

1971年千葉市生まれ。「将軍や大将を志す人になって欲しくて将志”と名付けた」と親から言われ幼い頃からリーダー(将)を意識。戦国武将に憧れ「絶対に自分もかっこいいリーダーになる!」と決意。子供の頃の夢は学校の先生。小5のとき担任の先生から勇気づけられ「自分も先生になってみんなを元気にしたい!」と思ったから。しかし、大阪府立北野高校2年のときバブル経済を見て「華やかな金融の世界でグローバルに働こう!」と方向転換する。(ついよりカネに目がくらみました…)

 

1994年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、日興証券入社。最初の仕事は営業。猛烈なノルマや損をさせた顧客への罪悪感から挫折。眠れない夜を過ごす。「早く営業から抜け出たい」ともがいていたとき、ある本に出会う。「キャリアプランを描いて毎日イメージすれば必ず実現する」とありすぐ実行。20代で金融のプロ、30代でリーダー、40代で経営者、50代で先生になるとのキャリアプランを作成。「絶対にプランを実現させる!」と決意。人事申告書に「海外で働きたい!」と熱く希望を書いたら半年後にニューヨーク駐在が決まる。「本当に実現した!」とキャリアプラン作成の効果に驚く

 

帰国後、M&A業務に従事。大学で会計学を専攻していたものの学問と実務の差、ファイナンスの知識が足りずに挫折。猛勉強してM&Aの実務スキルを習得。その後、株価算定書の作成を含め4年間で30件超の成約案件に携わる。30歳のときインターネットの将来性に魅力を感じて黎明期だったネット証券への転職を検討。周囲からの猛反対や年収半減にビビる中、「30代でリーダーになるにはベンチャーがいい」それに「世の中を変える仕事をしよう!」と転職を決める。(年収が半減したことを転職雑誌で大々的に公開されました…。内容は下の方に記載しています)

 

2001年松井証券入社。当時は無名の会社だったため交流会などで有名企業の人がチヤホヤされる一方、会社名を誰も知らずに肩身の狭い思いをして挫折。最初は経営企画部に配属、自社の上場準備を担当。目論見書や事業計画書、投資家向けプレゼン資料の作成など深夜に及ぶ作業が連日続く。ただ「絶対に上場を成功させて世の中を変えてみせる!」との強いモチベーションから充実した日々を過ごす。半年間のプロジェクトの末、無事に東証一部への上場を果たす。その後、上場後のIR体制の構築や経営戦略の立案に携わり、売買高で野村証券を抜いて業界トップを実現したとき「本気で取り組むと世の中って変えられるんだ!」と実感する。

 

2004年広報IR担当部長に就任。投資家や新聞等の記者からの取材に年間300件対応。どんなタイプの人にもニコニコと対応できるコミュニケーションスキルを身につける。IRでは投資家向けに会社のビジョンや決算内容をロジカルに説明。広報では情報を面白く、わかりやすく伝えることで新聞、テレビ、雑誌でコメントが多数取り上げられる。しかし、リーダーとしては強権的で怒りやすく、仕事を任せられないタイプだったため、みんなが疲弊して挫折。リーダーシップを発揮できないことに悩み「いいリーダーになるには経営やリーダー理論をきちんと勉強しないとダメだ」と会社を辞めMBAに行くことを決める。34歳で収入ゼロ職業は学生となる。(退職と同時に結婚。妻は会社を辞めずに働いていたため夫が寿退社をしたことに…)

 

2005年早稲田大学大学院(MBA)入学。妻が働き自分は無職で昼間からプラプラしていたため、周りから専業主夫に間違えられたり、ヒモ疑惑に悩まされて挫折。一年目にサーバントリーダー(周りに奉仕するリーダー)を知り「これが理想のリーダー像」と確信。また「幸せになると成功する」とのポジティブ心理学の考えにも共感。これまでの自分勝手なスタイルと決別し「これからは周りを幸せにするリーダーになる!」と決意する。

 

MBA二年目から商品開発リーダーの研究を開始。100本超の海外文献の読み込みと10名のリーダーへの50時間に及ぶロングインタビューにより独自のリーダーの成功法則を確立、本を出版。MBA修了時にリーダー仲間とクリエイティブリーダーの会(CLIP)も設立(後にCLIPのメンバーで本を出版)。「絶対に幸せなリーダーのスタイルで世の中に新たな価値(新商品)を提供する!」と心に誓い、学生から社会人に戻る。(研究成果を本にしたのは、将来、先生になるために必要と考えたから)

 

2007年MBA取得後、松井証券に復帰。商品開発部長となる。「自分でつくった理論通りにやれば絶対うまくいく」と自信満々で仕事に臨むものの全くできずに挫折。知っていることを思い通りに実践できないイラダチ、周りを幸せにしようと過度に配慮したり我慢したストレスから帯状疱疹になって戦線離脱。自宅療養の自分の姿がミジメで「このままではダメだ!何とかしなくては!」と本を読み漁るが解決策がみつからない。「このままダメなリーダーで終わってしまうのか…」と絶望的な気持ちになる。

 

そのときアラン・ケイの「未来を予測する最善の方法は自分で未来を創ること」との言葉に出会い、「これまでも自分は将来のプランを描いて夢や未来を実現してきたじゃないか!」と気づく。それからは「答え探しはもうやめよう!自分の手で答え(未来)を創っていこう!」と決意。自分がなりたい理想のリーダーになるプランづくりを開始する。

 

まず理想のリーダー像として、サーバントリーダーと商品開発リーダーを組み合わせ「自分も周りも幸せにして社会に価値を提供できるリーダー」と設定。次にそれに必要な要素(スキル)を三つ抽出。一つはVision(ビジョン)で将来の絵を描きメンバーに熱く伝えていくこと。二つ目はEmotion(共感)でメンバーの考えや立場を尊重し共感すること。三つ目はCreation(創造)で他社のマネではない独自の価値を提供すること。三つの頭文字をとり「VECリーダー」を目指すとの目標を設定。あとは実践で練習しながらスキルを高める「実践学習」を行うとの計画を立てて実行を始める。

 

実践学習では一日の終わりに自分のすべての行動を記録することから開始。行動の中で、できた点、できなかった点を記録し分析する。できなかった点は「次はこうする」と対策を決めて頭の中でシミュレーション(練習)を繰り返す。そして練習したことを実践する。この「記録→分析→対策→練習→実践→記録」のサイクルをひたすら回す。5年間、毎日書き続けた結果、5000枚にのぼる膨大なリーダーの成功ノウハウがたまる。それにより実践できることが徐々に増える。

 

目標に向かって無我夢中で取り組んでいると前向きで幸せになるもの。また、できることが増えると自分に自信が持て心に余裕が生まれる。すると周りがよく見えるようになり、自然にメンバーの良い行動をホメたり、困っている人の応援ができるようになる。応援をもらった人は幸せになり、やる気も高まり自発的に動き出す。するとチームとしての成果も徐々に出るようになった。理想としていたリーダーの姿がかすかに見え「幸せになると成功する。やっぱりこの順番だ!」との確信を持つ。

 

並行してチームメンバー全員との個別面談を5年間、毎月実施。のべ500時間を超える面談(コーチング)により話を共感的に聞いて勇気づけて力を引き出すという独自のコミュニケーションスタイルを確立。メンバーとの信頼関係が強まり、更に意欲的に動き出す。また、社外のリーダー仲間との交流により貪欲にノウハウを蓄積。それにより日本初の商品開発に成功し特許を取得。その後も業界初となる商品を連発するチームづくりに成功、38歳で上場企業の取締役に就任。「幸せと成功を両立させるリーダーとなる方法論」を確立。キャリアプラン通り30代で成果の出せるリーダーになる。

 

取締役就任後は、業界活動、本や雑誌の執筆、大学院での講義、講演など社外での活動が増え、これまでの自分の経験や成功ノウハウを伝える機会が多くなる。それまでは自分や自社の成功や幸せしか考えてこなかった。でも、これらの活動を通して感謝されることが増え、目線が一段上がる。それからは「自分と同じような悩みで苦しんでいる人たちをサポートしようこれまでに蓄積した成功ノウハウをより多くの人に伝え、周りや世の中の幸せに貢献しよう!それがこれからの自分の使命」と感じるようになる。

 

2014年渡邊将志オフィス株式会社を創業、代表取締役就任(現職)。キャリアプラン通り40代で経営者となる。「未来は自分の手で創る!」をモットーに企業の将来ビジョンの実現、お悩み解決を支援する経営コンサルティングを開始。これまでの職務経験を活かし、主に上場前後や成長志向の強い企業向けに経営戦略や事業計画の策定、IR・広報・上場・財務支援、人材育成等のサポートを行なっている。

 

2015年MBAリーダーズ倶楽部を創設、代表就任(現職)。MBAホルダー、リーダー、経営者向けにキャリアプランの作成と実行をサポートするキャリア支援を開始。自身の経験により身につけた「幸せと成功の法則」を伝えることで、次代を担うリーダーの育成・支援に取り組んでいる。また、1000名のリーダーへのインタビューにより、リーダーのネットワークをつくると共にお手本となるリーダーの成功ノウハウや生き様を広く世に伝える活動も行っている。そして、50代で先生になるとの次の夢の実現に向けて挑戦を続けている。

 

%e6%83%b3%e3%81%84%e6%a8%aa03

 

<趣味>

ラテンダンス(40代から開始、ラテンのノリとリズムが好きです。ディスコ系ダンスも好きです)

ヨーロッパの田舎めぐり(30代から開始、夏休みに妻と二人で行くのが恒例行事です)

温泉めぐり(20代から開始、少しぬるめの100%源泉掛け流しの温泉が好きです)

城めぐり(10代から開始、籠城戦をシミュレーションしながら見学するのが好きです)

 

%e3%83%80%e3%83%b3%e3%82%b9%e3%83%81%e3%83%b3%e3%82%af%e3%82%a8%e3%83%86%e3%83%83%e3%83%ac%e8%b5%a4%e5%80%89%e7%86%8a%e6%9c%ac%e5%9f%8e

 

<所属団体(私的なものも含む)>

・日本証券アナリスト協会検定会員

・CLIP(Creative Leaders Interactive Project)

・東京三田倶楽部(慶応義塾塾員の会員制倶楽部)

・一般社団法人 アミチエ ソン フロンティエール インターナショナル ジャポン

 

%e9%a3%b2%e3%81%bf%ef%bc%88clip%ef%bc%89バージョン 2

 

メディア掲載

<新聞掲載>

日本経済新聞 2011年10月24日」早稲田MBAの主な卒業生として15面掲載 ほか多数

IMG_3836

 

<雑誌掲載>

マネーポスト 2009年7月号」(小学館)p56掲載

フィナンシャルジャパン 2008年8月号」(ナレッジフォア)p104掲載

日経マネー 2004年10月号」(日経ホーム出版社)p27掲載

週刊エコノミスト 2004年10月5日号」(毎日新聞社)p20掲載

Yahoo Japan 2004年7月号」(ソフトバンクパブリッシング)p183掲載

マネージャパン 2004年5月号」(SSコミュニケーションズ)p26掲載

日経マネー 2003年11月号」(日経ホーム出版社)p31掲載

週刊エコノミスト 2003年8月19日号」(毎日新聞社)p22掲載

日経トレンディ 2003年5月号」(日経ホーム出版社)p66掲載

日経マネー 2003年4月号」(日経ホーム出版社)p21掲載

エコノミスト 2002年3月4日号」(毎日新聞社)p13掲載

Gainar 2002年3月号」(光文社)p153掲載

金融ビジネス 2002年2月号」(東洋経済新報社)p40掲載

日経ビジネス 2001年9月10日号」(日経BP社)p140掲載

キャリア転職マガジンtype 2001年4月3日号」(キャリアデザインセンター)p47掲載

 

<テレビ出演>

「東京マーケットワイド」(MXテレビ)2012年4月9日放送

「モーニングサテライト」(テレビ東京)2009年7月22日放送

「東京マーケットワイド」(MXテレビ)2008年7月17日放送

 

<WEB掲載>

「SFCスピリッツ」(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)2009年6月3日掲載

 

研究活動など

<修士論文>
「チームにおけるアイデア創出プロセスの探索的研究~クリエイティビティを高めるリーダーの役割~」(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科(MBA)、渡邊将志、2006年)

修士論文はこちらからご覧いただけます。

 

<大学院・大学での講義>

「生産性と創造性のマネジメント」(早稲田MBA:杉浦正和教授)2009年12月3日

「SFCキャリアセミナー」(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)2009年11月5日

「生産性と創造性のマネジメント」(早稲田MBA:杉浦正和教授)2009年1月15日

「アントレプレヌールシップ」(早稲田MBA:東出浩教教授)2007年1月24日

 

<ケーススタディ・研究への協力>

「オンライン証券業界にみる黎明期の企業間競争」(東京大学ものづくり経営研究センター)2004年6月

「Transforming Matsui Securities」(Harvard Business School)2003年10月

「Online Securities Trading in Japan」(Harvard Business School)2003年10月

「ケーススタディ:松井証券」(一橋大学大学院国際企業戦略研究科)2003年3月

「ポーター賞受賞」(一橋大学大学院国際企業戦略研究科「ポーター賞」運営委員会)2001年12月

 

参考情報

ここからは倶楽部活動に関連する私のキャリア情報をランダムにお伝えしていきます。長くなりますので、お時間のあるときにでも、お気軽にご一読ください。

 

<キャリアの原点>

私の子供の頃の夢は学校の先生になることでした。みんなでワイワイ盛り上がりながら学び、成長するというあの雰囲気が大好きで「大人になってからも学校に関わりたい」と思っていました。ただバブル経済を見て、華やかな金融の世界に魅力を感じ方向転換しましたが「いつかは学校の先生になる!」と決めていました。そのためMBAに行ったり、本を書いたり、講義をしたりと地道な活動を続けてきました。

ここでは小学校の卒業文集を掲載します。先生になりたい理由や先生への社交辞令など突っ込みどころ満載です(小学生ですから…)。ただキャリアの原点はここにありますので敢えて掲載します。

 


「ぼくの将来」 渡辺将志(6年2組)

 

ぼくが大人になったらなりたいのは小学校の先生です。なぜかというと休みがいっぱいあって、しかも夏目漱石が書いた「吾輩は猫である」の中にも「吾輩が人間に生まれていたら絶対教師になる」と書かれてある。このような事が主な理由です。

でも、ぼくは教師はすごく大変だと思います。最初に書いた休みがいっぱいあるということは、休みの間に旅行や読書など自分の好きな事が出来るからです。教師には大変な事がいっぱいありますが、特に大変なのは遠足の時です。いろいろ計画を立てたりしなくてはならないし、迷子になった人がいたら先生や学校側が責任をとらなければなりません。

このように大変な仕事だからこそ、ぼくは何でもやってみたいのです。しかし教師は大変な事ばかりではありません。例えば自分の好きな教科などの時です。この時は生徒に詳しく、楽しく、わかりやすく教えてあげれば、生徒はもちろん自分も楽しくなります。

ぼくが一年から六年までにおそわった先生方は、みんないい先生でしたので、いい先生の良いところを見習ってぼくもりっぱな先生になりたいと思っています。

 

(大阪市立中津小学校 1983年卒業記念文集p38掲載)


img001 (200x156)

 

<初めてのキャリアチェンジ>

私は30歳のときに初めて転職をしました。そのときは大手証券から黎明期にあったネット証券への転職でした。年収は半減、会社も無名のため周りからは大反対されました。ただ「30代でリーダーになる」との自分のキャリアプランを考えたとき「むしろ小さな会社で早くリーダーの経験を積みたい」と思っていたこと、そして何より「世の中を変える事業に参加したい」との思いから転職をしました。
そのときの気持ちが転職雑誌に掲載されていますので、ご紹介します。

 


「年収半減!それでも証券界革命を選択した!」渡邊将志氏(30歳)

 

大企業からベンチャー企業へと人材の流動化が加速する中、「年収が半減しても構わない」と果敢にベンチャー企業に飛び込んだ男がいる。ネット証券のトップ企業、松井証券に先月転職した経営企画部課長の渡邊将志氏だ。実際、渡邊氏の年収はほぼ半減した。

平成6年に慶應義塾大学総合政策学部を第一期生として卒業後、入社した日興証券での年収は「約1千万円、それに月々6万円の家賃補助があった」というから総額で1千万円を優に超えていた。しかし松井証券で約束されているのは月収29万円のみで、ボーナスは実績次第。仮に月収の7ヶ月分とすると約550万円となる。

(略)

とはいえ年収半減はビジネスマンにとってはやはり痛手だ。一体何が渡邊氏を突き動かしたのだろうか?「一言でいえば松井社長に惚れたんです」と渡邊氏は事もなげに語る。「証券界に革命を起こすという理念を聞き、自分も参加したいと思った」のが転職の動機だという。

経営企画部は松井社長直属の組織。経営戦略の立案が重要な任務となるが、何よりも「松井社長に直に接する機会が多く、同じ空気を吸えるのが魅力だ」と語る。「今まで証券会社はかなりムリをしてきたと思います。手数料収入を稼ぐために、強引な営業をやってきたし、強引な営業の裏返しで損失補てんまでやってきた。これを本来の姿である顧客中心のより安価で、より便利なブローカー業務に徹する姿に戻す。それが松井証券の掲げる革命であり、挑戦なのです」

かつて「蟷螂の斧」と評された松井証券の挑戦も、着実に成果を出しつつある。株式の信用取引では株数ベースで昨年8月に業界一位を達成。「世の中を変えているんだというこの実感。これはお金の問題ではありませんよ」

 

(「キャリア転職マガジンtype 2001年4月3日号」(キャリアデザインセンター)p47掲載)


 

<キャリアの目標:理論と実践の融合>

私は「学業(アカデミック)」と「実業(ビジネス)」の両方に関われる人間になりたいと思っています。前述の通り、先生になることを夢見てきましたが、学校だけの世界では視野が狭くなりそうですし、いずれ学んだことを実践したくなるはずです。一方、ビジネスだけでは知識をうまく体系化できないので、この二つを両立させることが自分にとって望ましい生き方だと考えています。
母校の慶應義塾大学(SFC)に「理論と実践の融合」と題して寄稿しましたので、ご紹介します。

 


「理論と実践の融合」 渡邊将志 1994年総合政策学部

 

“Nothing is so practical as a good theory.”

「良い理論ほど実践的なものはない」これは、心理学者のクルト・レヴィンの言葉です。

この言葉を初めて見たのは早稲田ビジネススクール(MBA)に行く少し前のことでした。それまで「理論」と「実践」は対極に位置すると考えていましたので「理論が実践的?なんか学者特有のレトリックで現実味に欠けるなぁ」との印象を持ったことを覚えています。あれから4年経った今、改めてこの言葉を見ると「確かにその通り」と思います。なぜ、そう思うようになったのか、これからご紹介したいと思います。

 

実践で芽生えた思い

私は大学卒業後、日興証券で個人営業、NY支店、M&A業務を経験した後、松井証券という社員が100名ほどの小さなネット証券に転職しました。そこでは広報IRという新聞記者や投資家に会社の戦略を説明する仕事をしていました。

年間300名ほどの人と会いますので、それなりに勉強になりましたが、常に付きまとっていた劣等感がありました。それは「自分で新たな価値を生み出した経験がない」、もっと言えば「新しい企画やアイデアをどう考えたらよいかわからない」ということでした。

そこで一度、キャリアを中断して大学院で新しいアイデアを生み出す方法論を研究してみようと思い、会社を退職して早稲田のビジネススクールに入学しました。

 

実践から理論へ

ビジネススクールでは修士論文を書くための研究期間が1年ほどありました。そこで、すかさず「新しいアイデアを生み出すための方法論(クリエイティビティ理論)」を自分なりに打ち立て、修了後、その理論を実践しようと思い研究に取り掛かりました。

研究プロセスとしては、まず先行研究を調べ過去の理論をベースにした仮説モデルを構築しました。その後、過去の理論にはない「新たな発見(something new)」がないかを探るため、新商品開発をしているクリエイター10名にインタビューをし「どのようにしてアイデアを出すのか?」その秘訣を探りました。

そして過去の理論とインタビュー結果を組み合わせて、自分なりの「クリエイティビティ理論」を構築しました。そこに至る過程ではインタビュー内容を録音したテープを耳にこびりつくまで何度も聞き返しましたので、最後の方はクリエイターの言葉を暗唱できるようになっていました。そのため、この理論を完成させたときには不思議と「自分でも新商品の開発ができるはず!」と根拠のない自信に満ち溢れていました(今から思えば恥ずかしい限りです)。

そこで、この理論を武器に再度、実務の世界で勝負をしようと思い、松井証券に戻り新商品開発を担当する部署に配属させてもらいました。ちなみに、この研究成果をまとめたものを本にしました。『論理力より創造力』(講談社出版サービスセンター)渡邊将志(著)アマゾン等でも購入できますので、ご興味があれば、ご一読ください。

 

理論から実践へ

いざ実務の立場に戻ると、さて困りました。新商品開発の「研究」はしていましたが「実践」は初めてです。ただアイデアを生み出す方法論は知っていましたので「ああでもない。こうでもない」と試行錯誤を繰り返した後、「夜間先物取引」という新サービスを思い付きました。

普通、新しいアイデアは「何もないところからポッと生まれてくるもの(無→有)」と思われがちですが、これまでの先行研究やクリエイターの発言から新しいアイデアというのは「組み合わせ」であることを学びました。具体的には、これまで結びつかなかった既存のモノが組み合わさることで新たな価値が生まれる、これが「クリエイティビティ(アイデアの創出)」なのだということです。

夜間先物取引についていえば「夜間取引」も「先物取引」も既に行われていた既存の取引です。しかし、この二つを組み合わせた「夜間先物取引」、つまり夜の時間帯の先物取引は、これまでほぼ行われていませんでした。理論を知っていたが故に、これまで結びつかなかった既存のモノを組み合わせることで「新たなアイデア」を生み出すことができたというわけです。

恐らくビジネススクール時代に「理論」を構築していなければ思いもつかなかったはずです。その意味では「良い理論ほど実践的なものはない」とのレヴィンの言葉を実証したともいえるかもしれません。

昨年、TV番組に出演し、夜間先物の紹介をしました。その時の映像はこちらです。

 

理論と実践の融合

このように「実践→理論」「理論→実践」と移って今日に至っていますが、これからは「理論と実践の融合」をより一層図っていきたいと考えています。

その一貫として昨年、修論作成時にご協力いただいたクリエイターの方と「クリエイティビティ研究会(早稲田の公式な研究会)」を発足しました。名称は「CLIP(Creative Leader’s Interactive Project)」です。私も含めメンバーがビジネススクールの授業に講師として出席するなど理論と実践の橋渡し的な活動を既に始めています(いつかSFCでも、このような活動ができるといいのですが)。

また今は、先に構築した理論の有効性について実務を通して検証をしているところですが新たに発見したことを随時、盛り込んでいきたいと考えています(理論の補強)。また、それ以外にも実務で疑問に感じたことがあれば、それらをテーマに新たな研究に取り組み、理論化していきたいとも考えています。

このように、これからは「理論→実践→理論…」と理論と実践の間を行ったり来たりしながら、できることの範囲を増やしていき世の中に「新たな価値」を提供していきたいと考えています。

 

(「SFCスピリッツ」(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)2009年6月3日掲載)


 

▼シェアをお願いいたします!▼

お問い合わせ・ご相談はこちら

メールでのお問い合わせ

info@mbaleadersclub.com

フォームからのお問い合わせ

お問い合わせフォーム »

コラムテーマ一覧

過去のコラム

主なコラム

⇑ PAGE TOP