Leaders1000 リーダーが語るの人生の軌跡

vol.044 大森洋三さん

2016/08/22 (月)
このエントリーをはてなブックマークに追加

大森洋三さん

ストリートメディア株式会社
代表取締役社長

デジタル・サイネージ(電子看板)の開発・企画・運用を手掛けるストリートメディア株式会社を創業した大森さん。「Going Mediapolitan!(街をメディア化していく)」とのミッションの下、全国で1,500ヶ所近くの場所や店舗などにデジタル・サイネージを設置し、街の活性化や店舗内の購入支援を積極的に行うなどビジネスを大きく拡大させています。今回は、ご自身のキャリアや起業、将来のことなどについてお話しいただきました。

4人の部署で72億円の利益を稼ぎ出す

私は大学卒業後、ヤマハに入社しました。主に海外の楽器関係の仕事をしていましたが、悶々としていた時期があります。というのも、楽器屋は日本では銀座の目抜き通りなどにあり、それなりのステータスがありますが、ニューヨークではバックストリートにしかないんです。「こんな裏道でやっているビジネスは早晩なくなる」と思い、会社に「このままの楽器ビジネスでは絶対に持たない。やるなら、世界で一番モノを売っているところに売ってもらうのがいい」と提言し、米国のウォルマートに「楽器を売らないか?」と提案に行きました。

ところが、ウォルマートは「楽器は売らないよ」とあっさり却下。「では、何なら扱ってくれるのか?」と食い下がったところ、「トイ(おもちゃ)ならOK」とのこと。世界最大手のウォルマートといえ、年がら年中モノが売れているわけではなく、クリスマスシーズンにギフトを数多く売るからこそ世界で最多の販売を誇っていたのです。本格的な楽器では高すぎてギフトにならないけど、安価なおもちゃの楽器なら売れるので、それなら扱ってもいいとのこと。

早速、帰国して生産部門のところへ行き、お願いすると、「おもちゃなんかつくれるか!」と一喝されてしまいました。仕方なく、つくってくれそうな他の工場を周っていたところ、三重の山奥にある工場まで行ったら「こんな田舎までよく来てくれたね」と言っていただき、試作品をつくってもらうことができました。そして、満を持してウォルマートで見てもらうと、「これいいね。5万台送ってもらおう」と一発で受注が決まりました。普通の楽器なら、1万台越えたらベストセラーのところ、いきなりその5倍の量。「世界で売るとはこういうことなのか!」と実感しました。

大森さん1

ただ、クリスマス商戦までの時間がほとんどない。5万台をつくり、それを船で輸送するのではとても間に合わない。そこで、ジャンボジェットの貨物機をまるまる1台借り切って空輸しました。運送費だけでも1億円。それでも十分に利益の上がる量だったのです。この商品は、その後、日本でもジャイアント馬場さんの「僕にも弾けた」というCMで話題になり、売れ続けました。ちなみに、このプロジェクトの海外担当していたのは私を含めて、たったの4人。その4人で叩き出した経常利益は72億円。当時、ヤマハにはグループで2万人前後の社員がいて、全社の経常利益は68億円でした。このおもちゃの楽器の部門で赤字部門を補う利益を上げていたのです。

私は、苦労に鈍感なタイプです。それに精神と身体は両親のお陰もあり丈夫なので、ストレスなどにもほとんど反応は出ないんです。でも、さすがにこのときばかりは血尿が出ました。まだ若かったこともあり、自分の中に引き出しがない。だから、交渉で解決していくしかない。でも、なかなか進展しない状況が続く。そんな日々を過ごしていたからだと思います。でも、その後、ブラジル駐在になったとき、アマゾン川の街で我々が手がけたおもちゃの楽器を見たときは、さすがにビックリしましたが、それと共に「過酷な時期を過ごしたけど、世界に打って出て良かった」と思いました。

大森さん2

街をメディア化する

10年勤めたヤマハを退職して、スカパーの番組供給者であるCS放送局ジャパンイメージコミュニケーションズに入社しました。ここでは、事業を立ち上げるための資金集めに奔走しました。当時、1.2億円だった資本金を10ヶ月で70億円にするという課題を与えられました。結果、5千万円未達でしたが、69.5億円まで集めることができました。ただ、この会社は、その後の1年で105億円も使ってしまったんです。会社もそうですが、私自身も人生に行き詰まりを感じ、「もう一度人生を見直そう。優秀な経営者の下で経営のことをきちんと学ぼう」とウェザーニューズに転職しました。そして、「この会社では自分が一番働こう」と決め、自宅も会社の近くに引っ越しました。

それこそ人生何もかも捨てて一からのスタートを切りましたが、捨てるものがあれば拾うものが出てくるものです。ちょうど、このときi-modeがスタートし、モバイルビジネスが盛り上がってきていました。そこで、モバイルのサービスを次々に手掛けていくことにしました。その後、会社をいくつか転々としましたが、結局、10年ほどの間に300以上のサービスを世に送り出すことができました。恐らくモバイルサービス全体の2割くらいは手掛けたのではないでしょうか。一度人生を捨てたことで、新しい業態であったモバイルビジネスに出会い、そのトップランナーになれたのは幸運でもあったと思っています。

大森さん3

モバイルビジネスに関わりながら疑問に思っていたことがあります。それは、「情報は誰のものか?」ということ。確かに、モバイルの発達により、多くの方がより便利に情報を入手できるようになりました。ただ、この恵まれた環境を謳歌できる人は、数万円の高価な端末を購入でき、数千円の月額利用料を払うことのできる限られた裕福な層であり、かつデジタルスキルのある方々だけです。モバイル端末の普及率は、各通信会社のたゆまぬ努力の結果、大きく伸びましたが、逆にそのことによりモバイルを持たない、あるいは利用できない方々との情報格差は日々大きくなるばかりでした。

そこで、「すべての人に有益な情報を!」この使命感のために、2008年にストリートメディア株式会社を創業しました。いざ事業をスタートしてみますと、街にはいろいろな形の情報ニーズで溢れていました。現在、私どもは地域毎に必要な情報を「エリアキャスティング事業(デジタル・サイネージを用いて街の活性化等を行う事業)」として進めています。また、消費の現場で一番有益な情報提供を「ショッピングメディア事業」として推し進めていて、配信先は全国1,500面を越えるに至りました。北は北海道から南は沖縄石垣島まで展開範囲は年々広がっています。「Going Mediapolitan!(街をメディア化していく)」とのミッションの下、今後もより多くの方々との情報接点を増やし続けていきたいと考えています。

kashiwa01

世界で認められる日本人をつくりたい

リーダーとして大事にしていることは、「嘘をつかない」ということ。嘘さえつかなければ、何があっても人はやり直せると思っています。ある就職面接のとき、その会社の社長が「うちは無借金経営だ」というお話をされました。ただ、実際は借り入れがあったようです。他の社員がいる手前もあり、そんなことを言ったのだと思います。でも、本来なら、「今は資金的に苦しい。でも、こういう手を考えているので厳しいけど、一緒に乗り越えていかないか?」と言うのが本来の姿かなと思いました。情報をすべてをオープンにする必要はないですが、言わなければいけないことについて嘘はダメだと思っています。

omni06

学生時代からヨットを続けています。リオ五輪のセーリング日本代表でテクニカルコーチを務めている人も当時の練習仲間です。体格がいいからだけでヨットチームに入れられ、おまけに高額のヨットを買わされ、資金がないので借金をさせられ、返せないのでその方の会社でバイトをしていました。でも、それからはヨットの大会に出まくったこともあり、世界チャンピオンにもお会いする機会がありました。それ以外にはフライフィッシングやゴルフもやりますが、仕事以外のことをやると、物事の道理を教えてくれるような気がしています。仕事では強引にできても、ゴルフなどで一番厳しい状況に陥ると、一つ一つ地道に返していくのが本来は良いことがわかります。

大森さん4

私は、これまでに世界を相手にビジネスをしてきましたが、もっとグローバルに活躍し、世界で認められる日本人をつくっていきたいと考えています。日本人は、和を尊ぶ精神があり、周りと仲良くすることを重視します。それは良いことですが、仲の良さは弱さにつながることもあります。それよりも、世界で担うべき強さを持ってもらいたい。それには、相手の意見をしっかり聞き、自分の意見も率直に言うことが必要です。そして、知識と経験、プラス意志を持つことも大切だと思っています。

先のウォルマートの案件では、日本だけでなく、中国、インド、韓国などからも売り込みがあり、壮絶なバトルをしました。そのときに知り合った韓国人は、「私は片道航空切符で来た。この案件がとれなければ帰れない。だから君達にも決して負けないように死ぬ気で取り組む。そして、晴れて案件を勝ち取ったらファーストクラスで帰る」と話していました。一方、私は往復切符を持ち、そこまでの意気込みはありませんでした。世界で戦うには、これくらいの覚悟が必要だと痛感した瞬間でした。

また、サッカーのW杯をテレビだけでなく、インターネットでも見れるようにしたいと、飛び込みでチューリッヒにある国際サッカー連盟(FIFA)に提案に行ったことがあります。すると、「権利をつくってくれたら、考えてもいいよ」と言ってくれました。その後、権利づくりに奔走し、6週連続でスイスまで日帰りの出張を繰り返した結果、契約締結に至りました。相手から、「これで決まったね」と言われた瞬間は、さすがにウルウルきました。その後、FIFAの会長やベッケンバウアー氏と一緒に試合を観戦したりもしています。

これまでにいろいろな経験をしてきましたが、まだまだ道半ばで、これからも世界に目を向けてチャレンジを続けていきたいと思っています。まずは自分が走って、その姿を見せる。それが大事なことだと思っています。

大森さん5

プロフィール

1986年ヤマハ株式会社入社
1996年デジタルCS放送 株式会社ジャパン・イメージ・コミュニケーション入社
2000年株式会社ウェザーニューズ入社、販売事業本部長
2003年株式会社サイバード入社、メディア戦略部長、インキュベーション室室長を歴任。「ダイヤモンドセールスマネージャー」日本の営業40人に選出される。
2005年株式会社インデックスホールディングス取締役就任。OECDローマIT会議 講演者。CEATEC「放送と通信融合」講演者
2008年ストリートメディア株式会社を設立し、代表取締役社長就任
経済産業省e空間検討委員。(社)映像情報メディア学会会長選任諮問評議員。東京コンテンツマーケットコーディネーター。石川県新書府事業選考委員。福岡市デジタル・サイネージ協議会委員。尾道観光CIO

このエントリーをはてなブックマークに追加

ピックアップインタビュー

2017/05/10 (水) vol.056 北原照久さん

株式会社トーイズ 代表取締役

2017/04/20 (木) vol.055 山崎大地さん

株式会社ASTRAX 代表取締役社長 民間宇宙飛行士

2017/02/15 (水) vol.052 小城武彦さん

株式会社日本人材機構 代表取締役社長

⇑ PAGE TOP