Leaders1000 リーダーが語るの人生の軌跡

vol.022 渡邊久美子さん

2016/01/13 (水)
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渡邊久美子さん

オリオン・インプレス株式会社
代表取締役

小学生から中・高生まで、様々な学年の生徒が同じ空間で一緒に学習する「まなびじゅくBeacon(ビーコン)」を運営するオリオン・インプレス株式会社を創業した渡邊さん。「近所のおばちゃんのうちのような居心地の良い学びのたまり場にしたい」と寺子屋的なスタイルに徹底的にこだわった学習塾を展開されています。今回は、ご自身のキャリアや起業、学習塾のことについてお話しいただきました。

教師に憧れ、絶望した子供時代

子供の頃は学校の先生になりたいと思っていました。世話好きだったからか、「教えてあげて」と理解の遅い子の隣に座らされることが多く、わかった時の同級生の輝く顔を見ている内に、「教えるのって楽しいなぁー」と思うようになったからです。中学生になると、その思いは絶望感へと変わっていきました。生徒会で職員室を頻繁に訪れるようになり、先生同士がいがみあったり、いじめたり、組合活動に精を出したりと、教育とは無関係なことで無駄に時間や力を使っているのが見えてしまったから。「教師は聖職のはずなのに、なんでこんなことをしてるの?」と、憧れは次第に冷めていきました。

その後、数学が好きだったのと「男の人に負けない仕事がしたい!」と思ったことから、「公認会計士になろう。それなら女性でも社会で活躍できそうだから」と考えて、大学は経営学部に入りました。会計サークルに入り勉強を始めたものの、しばらくすると「あれ?なんだか思っていたイメージと違う。細かすぎて私には向いてなさそう…」と感じます。会計士にはコンサルティング的なイメージを持っていたのですが、簿記や会計学の緻密さは合わないと感じ、そこからまた将来への模索をすることになりました。

就活では、女性を総合職で募集してくれるところを片っ端から受けました。当時はまだ、女性は一般職採用がほとんどで、総合職の採用はごくわずか。業種や職種で選ぶゆとりなどありません。内定をもらった中で進むことに決めたリクルートの内定式の直後に「リクルート事件」が起こります。親や周囲の反対にあい、他の企業へ移る同期が続出しました。私は幸いにも両親が事情をあまり知らなかったのか(笑)、反対を受けずに入社できました。ただ、中には、勘当を言い渡されてもなお意志を貫いたツワモノや、商社、新聞社、金融といった、いわゆる「安泰」な業界トップの企業を蹴ってまで入社してきた猛者たちもいて、そんな強烈な同期たちと共に、激動の中で社会人生活がスタートします。

渡邊さん⑨

リクルートでは、主に大学や短大向けの広報コンサルティング営業をしていました。高校生向けの広報媒体を作ったり、クライアントの学校さんの魅力を高校生により上手に伝えるためのリサーチや提案などを行う仕事です。教育関係の仕事だったこともあって、飲み会でも「育てる場って大事だよね」「いつか理想の教育の場を作りたいね」といった熱い教育談議に花を咲かせることも頻繁にありました。自由にやらせてもらえることが多かったものの、その分思いつくとどんどんやることが増え、終電に滑り込んだり、土日も働いたりするハードな日々を過ごしていました。ただ、夫が転勤の多い金融業界に入ったため、会社を辞めて3年おきに地方を転々とする生活へと一転します。

教育への興味は衰えなかったこともあり、転勤で行った先々で図書館で本を借りまくっては、子育てや教育関係の本を片っ端から読み漁りました。また、ネットで情報交換をしたり、いろんな勉強会にも参加しました。右脳教育や読み聞かせ、シュタイナーに、モンテッソーリ、自主保育などなど。とにかく気になることは徹底的に調べ、「子どもをより健やかに育てるには、良さを引き出すには何がいいんだろう?」と模索していました。我が子が小学生になり、「転校を続けるか、どこかに腰を落ち着けるかを決めるタイミングだな」と思う時期が来ました。家族の話し合いで息子がつぶやいた「もう友達と離れるのはイヤだ。落ち着いて暮らしたい」の一言で、夫には単身赴任をしてもらい、私たち家族は首都圏に戻ることに決めました。

東京に戻ったある日、幼児教育の事業を行っている知人から「手伝ってほしい」と言われて、徐々に仕事を再開していきました。ワーキングマザー向けのママ講座の企画を手伝ったり、キッザニアの立ち上げに関わるなど楽しく働いていましたが、ある時、小学生に作文や勉強を教える機会がありました。これが一つの転機になります。大学時代は塾講師や家庭教師もしていましたが、かなり久しぶりのこと。そこで、教えたことをすぅっと吸収する子どもたちの姿を見て、「あぁ、やっぱり教えることが一番好きだ!」と滝に打たれたように感じたんです。それで、下の子が中学に入るタイミングで、「何の制約も受けず、自分の思うままに教えたい。ここからは自分の好きなことを始めよう」と思い、起業することにしました。でも、方向性も漠然としたまま、「とりあえず中身は後から、箱だけ作ってしまおう」と、株式会社の登記だけ済ませたんですけどね(笑)。

渡邊さん③

いろいろな学年の子が集まる寺子屋的学習塾を開く

起業後どんな形にするかを悩んでいた頃、「応援したいな 中学受験」と題して、受験ママ向けのブログを毎日書いていました。学習効率アップなど受験に関するノウハウをたくさん盛り込みながら、「何のために学ぶのかを意識させようよ」「受験は未来に向けての手段であってゴールではないよ。大事なことはもっと根っこにあるよ」「より強い『人間力』を持った子どもたちを育てていきましょうよ」といったことも一緒に発信し続けていました。受験ブログランキングの上位の常連となり、共感して下さった多くの方々とやり取りをしていく中で、「ネット経由もいいけれど、自分が伝えたいことをダイレクトに伝え、教えられるオリジナルの教室がつくりたいなぁ」とやりたいことが具体的に見えてきたこともあり、学習塾を始めることを決めました。

とはいえ、踏み出す一歩には勇気がいりました。「軌道にのせられるだろうか?」「ちゃんとやっていけるだろうか?」など不安に思うことも多く、また「大きなリスクは背負いたくないな」とも思っていました。そんな悶々とした思いを友人にぶつけると、「二年後に取り壊すことの決まっている建物の大家さんが知り合いにいるよ。そこからスタートしてみたら?」と紹介してくれ、あれよあれよと背中を押される感じになりました。「よし、怖がっていないでチャレンジしてみよう!やってダメだったら、二年後にはやめればいいだけだ」と、そこを借りて塾を始める決心をしました。

渡邊さん④

塾の名は「まなびじゅく Beacon(ビーコン)」。Beaconとは、かがり火や灯台、飛行機の離着時に誘導するあかりなど光で照らす道しるべのことです。教室を開くにあたって、単に指導するのではなく、「こうやって学べば楽しいよ!」「知らないことを知るって楽しいよ!」ということを伝えてあげられる「学びの道しるべになりたい」と思ったことから、この言葉を選びました。

でも、生徒はいません。大きな広告を打てるお金もありません。ブログの読者は遠くの人たちばかりだし、限定された層であって、私が集めたい子たちはもっと広い。それで、100枚だけ手作りでチラシを作り、近所のファミリー層が多そうな団地を狙って自分でポスティングをしたら、初めての生徒さんが来てくれました。そのお母さんのご紹介で知り合いの方が来られ、しばらくしたらまた別の方からのご紹介で数名の生徒が集ってくる。そんな感じでスタートしました。

渡邊さん⑤

最初の教室は、六畳一間に長机をちゃぶ台みたいにくっつけて、座布団をしいてペタンと座って、小学生から中学生までがわいわいきゃあきゃあ言いながら一緒に学んでいました。「おじゃましまーす」「ただいまー」と気軽に立ち寄れる近所のおばちゃんちのような空間にしたいと思っていたからです。期限と考えていた二年後には手狭になり、広い所へと引っ越すこともできました。それでも場所が足りなくなり、もう一部屋借りて…と、お陰様で順調に人数も増えていきました。立ち座りが多くなり腰を痛めたので現在は椅子と机のスタイルに変えましたが、コンセプト自体は変えていません。「ほっとひと息ついてくつろいで、そこからのびやかに学んでくれる空間であり続けたい」いつもそう思っています。

学校が終わるといろいろな学年の子たちがBeaconに集まってきます。その日あったことを報告したり、「あの先生が嫌い」「こんなイヤなことがあった」なんてグチをいう子もいて、まるで「居酒屋トーク」もどきが始まることも多く、そんな時には、「あらあら子どもも大変だねぇー」「まずはお菓子でも食べな」という感じでひとしきり話を聞いてから勉強をスタートさせます。傷ついている子や悩んでいる子たちには、特に「ホッとする場所」をつくることが大事で、メンタルさえしっかりすればどんな子もぐんぐん伸びると信じているからです。

渡邊さん⑥

Beaconには、小学生で高校レベルの問題を楽しそうに解く子もいれば、高学年でも九九も不十分な状態で駆け込んでくる子もいます。いじめや登校拒否で苦しんだ子も、クラスの花形でリーダーシップを取りまくっている子も一緒に学んでいる。私立中で高度な授業を受ける子たちも、公立中で基本部分の理解にも時間がかかって苦戦している子もいます。そうした能力も学年も家庭環境も全く異なる子供たちが、一緒に学ぶ空間を作り出していることが大事だと思っています。

単一ではなく、雑多な色合いが混じり合ったところにこそ、いろんな気づきや成長があると思っていて、どの立場にも優劣をつけることなく、それぞれの良さを認め合うことこそが、社会形成の上で大事な考え方だと思っているからです。「いろいろな垣根を超え、学びたい子たちが落ち着いて成長できる場所をつくりたい」と願い、意識してきたことが、「少しずつ形になってきたなぁ」と感じる瞬間、瞬間が一番嬉しいひとときです。

渡邊さん⑦

小学生の算数教室からスタートしましたが、「中学受験の対策をやってほしい」「中学生の数学や英語もやってほしい」と次々に要望が来るようになり、それにお応えしているうちに、形態はどんどん変わり広がっていきました。御三家への合格を出したり、本格的な国語教室を始めたり、と進化させていく中で、一人ではとてもカバーできなくなってきたので、協力スタッフも少しずつ増やしてきています。お願いするにあたっては、私なりのゆずれない採用基準があります。それは「子どもたちに良い刺激と影響と与えられる人」「生き様や考え方から、大切なことを発信できる人」です。

元舞妓さん志望のTOIEC930点の女の子。福島で被災し避難して暮らす中で、故郷を離れなければならなかった覚悟の分だけとても真摯に生きることに向き合っている子。日本語の美しさと積み重ねる学習の大切さを深く知っていて、それを子どもたちに何とか伝えようと工夫を凝らしてくれる女性などがいます。いろいろな思いを伝えられる強力な助っ人たちに助けられながら、少しずつ受け入れる子どもの数も増やして、取り組む内容もより多様に膨らませてきました。

渡邊さん⑧

死ぬまで教え続けて、机の上でドテッと倒れたい

先日、リクルート時代の大同期会がありました。リクルートでは1年を4クオーターに分けていたので、25年がちょうど100の節目。それで、「100Q anniversary」と称した記念の集まりが開かれました。海外から来た人もいて200人以上が集まる大盛会でした。パワフルな元同期たちの姿と活躍に多くの刺激をもらうと共に、発起してくれた人たちが「自ら機会を創り出し 機会によって自らを変えよ」との社是の入った置物を作ってくれて、これが私の新たな大切なものとなっています。

実は、私たちより上の代は入社時にこの社是のプレートを渡され、机に置いて仕事をされていたんです。でも、事件の影響で私たちの代から配られなくなった。でも、「根っこを作っているのはこの言葉だよね」「この機会に再度意識しましょうよね」ということで、25年を経て手元に置くことができました。私も、初心と、新人時代に教わったいろいろな事を忘れないよう、目につきやすい自宅のパソコン机の上に置いて、時々言葉を反芻するようにしています。「悩むより動く!考えたことは踏み出して挑戦することを恐れない!」何をするにもこれが原点で、「この気持ちを忘れてはいけないなぁ」と思っています。

渡邊さん⑨

また、新しい夢ができました。それは、学習の場から一歩広げて、Beaconでの学習の前にみんなが息抜きしているような、つらい思いやしんどい気持ちを吐き出して気持ちを落ち着けることのできる場所を作ることです。子どもたちやお母さん、地域のお年寄りなどまで、いろいろな人たちが気負わずふらっと集まってきて、食事を共にしたり、お茶を飲んだりしながら、集い、息抜きやリセットをしたり、自分の軸を確認できるような、そんなホッとできる「寄れる場所」を作ることです。

ベースは、世間でも話題になり始めている「300円食堂」「こども食堂」です。私には「学生街の食堂のおばちゃんになりたい!」と思っていた時期がありました。「がっはっはっ」と笑いながら、「出世払いでいいよ~!」と貧乏学生にご飯を食べさせてあげるような、「そんな食堂を開きたい!」と。孤食や食に偏りのある子どもたちが、あたたかい手作りの夕飯を300円で食べられる「こども食堂」の存在を知った時、「あっ、これもやりたいことだ!」と思いました。「いつかは…」と漠然と思っている夢として知人に話したら、その数か月後に最初にこども食堂を作った方にお話を伺える機会を設けてくれました。またも「もたもたしなさんな!動きなさい!」とグイッと背中を押されている気がしています。

渡邊さん⑩

「あなたがやりたいのは食堂ではなく、食を通じて集い話せる場所、教育もできる場所なのでは?」とのアドバイスを受け、「そうか、私は、Beaconの延長線上にある寺子屋と子供カフェをミックスした形がやりたいんだ!」と夢が明確になってきました。みんなが気軽に集える場所。そこで息抜きやリセットをしたり、自分の軸を確認する。悩みがあったら、それを吐き出してちょっぴり元気になって次の日を迎えられる、そんな場所をつくりたいと思っています。それから、そんな場があちらこちらに増えて、それぞれがネットワークでつながり広がっていく、そうした動きにも関わっていければと考えています。

以前、小学生の子に「なんでこの教室を始めたの?」と聞かれたとき、「みんなが成長していく姿を見れるのが嬉しくって楽しいからだよ」と即答しました。そう、何かが響いて変わり、輝いていく子どもの姿を見るのが好き。「あれっ?この子、ここが成長してる!」と感じた瞬間のゾクッとするほどの感動。そんな瞬間が楽しくて、嬉しくて、たまらなく好きです。年をとるにつれ肉体的にはムリがきかなくなり、体力的にはつらいこともでてきましたが、「精神的なストレスは全くない!」と断言できます。それほど、日々を幸福感の中で過ごしています。子供たちと向き合って一緒に問題に取り組んでいる時間、どの生徒に向き合っているどの時間も、心から楽しいと思える現在に感謝しています。死ぬまで教室で教えたい。子どもたちと関わっていたい。そして願わくば、教室でドテッと倒れてそのまま死にたい(笑)。そんなことを思いながら子供たちと過ごしています。

渡邊さん⑪

プロフィール

立命館大学経営学部卒。リクルートにて大・短の教育広報コンサルティング営業を行った後、幼児教育教室・子育て学の事務局にて企業内育児教育やワーキングマザー支援プログラムの企画運営、キッザニア子ども企画準備室運営等に関わり、2009年にオリオン・インプレス株式会社を設立。2010年まなびじゅくBeaconを開室。小・中学生向けの教室・国語教室・中学受験個別指導などを並行して行っている。

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