Leaders1000 リーダーが語るの人生の軌跡

vol.010 観音太郎さん

2015/10/08 (木)
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観音太郎さん

美瑛町
東京事務所長

「日本の最も美しい村」連合の先駆けとなった美瑛町の東京事務所長を務める観音さん。「美しい村」の仕事で全国の町村を飛び回る一方で、美瑛の情報発信、観光客誘致などに活躍をされています。今回は、「美しい村」のことや美瑛町の取り組みなどについてお聞きしました。

最初は7町村からスタートした「最も美しい村」

私は、苫小牧市近郊の出身ですが、美瑛町に就職しました。理由は、風景が好きで居心地がいい場所だったからです。就職直前に十勝岳の噴火があり、その対策本部の活動などに参加して、町民を守ることの大切さ、大変さを身に染みて感じました。それ以来、医療や福祉の窓口を担当してきました。

美しい村運動の契機は、2000年代に始まった、いわゆる「平成の大合併」。国の大号令で複数の市町村を一つに統合する動きが広まったことです。美瑛町でも、合併すべきか議論しましたが、北海道の広大な面積の自治体同士が地域の感性を越えて合併するという無理をするよりは、町の独自性を大切にし、小さいながらも輝けるオンリーワンな自治体としての道を選びました。それ以来、町独自の魅力を「地域資源」として、アピールすることを始めました。

幸い美瑛には美しい景観がありました。しかし、小さい町が単独で地域活性の取組みをしても限界があります。そこで、フランスで30年前から始まった「フランスの美しい村」を参考に、2005年に「日本で最も美しい村」連合を7つの町村が手を組み発足させました。これは、失ったら二度と取り戻すことのできない景観や文化を守りつつ、美しい村としての自立を目指すものです。美瑛町はこの運動をさらに活発化させる意味もあって、東京に職員を常駐させることとなり、これが東京事務所へ進化、たまたまその時駐在していた私が所長となりました。

発足後10年が経ち、加盟している町村地域は60になりました。この運動を世界的に取り組むために、「世界で最も美しい村」連合会が発足、ここには、フランス、イタリア、ベルギーのワロン、カナダのケベックなど日本を含めて5か国が加盟しています。世界中の村々と連携しながら、美しい村の輪が広げていきたいと思っています。

観音②

美しい村に住む誇り

美しい村に加盟できる条件の一つに、「生活の営みにより作られた景観」があります。単に、自然の景色が美しいというだけではダメで、そこに住む人の生活の息吹が感じられるものでなければいけません。美瑛町には、その景観が3つあります。「農業によって創られる丘陵景観(農業)」、「美瑛軟石(石文化)」、「青い池(火山と共に生きる)」です。実は、町民の方には、「見慣れた普通のもの」という意識がそれまでありました。でも、美しい村に入ることで、「これらはオンリーワンの、スゴイ資源なんだ」と地元の魅力を再発見できるようになったのです。

観音④

また、「自分たちは美しい村に住んでいる」と意識するようになったことで、自宅周辺に花を植えたり、農機具の整理をしたりと景観を大事にする取り組みを自発的に始めるようになりました。自分たちが住む町に対する誇り、郷土愛が芽生えてきたのです。

そのような取組みの甲斐もあり、お陰様で観光客の数は増えています。これまでは年間100万~120万人くらいで推移していましたが、去年は179万人になり、今年は200万人を超える勢いです。海外からのインバウンドが多く、特に中国人の観光客が増えています。夏は宿泊施設がほぼ満杯で、予約が取りにくくなっています。ただ、夏に集中し過ぎる傾向があり、冬場にどのように数を増やしていくかが課題です。

観音⑤

お天道様に恥じない生き方をしたい

私の父も役場で働いていました。口数が少なく、自分の背中を見せることで子供を育てるタイプでした。たまの宿直のときは、職場に連れていってもらい、仕事をしている姿も見ましたが、子供ながら「カッコイイなー」と思っていました。そして、「自分も役場で働こう」と決めました。

人生や仕事で心掛けていることは、「お天道様に恥じない生き方をすること」。きちんとできてなかったからこそ強く思います。卑怯なことはしない。ズルはしない。ラクな道を選ばない。怒られるときは一番先に怒られよう。船が沈むときは最後に降りよう。自分でできる範囲の責任はとるということです。また、公平であることも大切にしています。これらは、働きながら得た考え方ですが、実直な父の影響を多分に受けているのかなとも思います。

観音⑥

1万2千人がハッピーになる村づくり

私は戦国時代が好きで、特に朝倉義景という武将が一番好きです。越前の国(今の福井県)を治めていて、一時は足利将軍家を補佐することもしていましたが、最終的には惰弱過ぎて織田信長に滅ぼされてしまいます。その負けっぷりが何とも清々しく、滅びの美学にたまらなく魅かれています。マイナーだと思いますが、小さな町で仕事をしているので、失敗に学び、王道ではないがゆえにステレオタイプにならない、なおかつ滅びないための教訓として活かしていけたらと思います。

美瑛町には現在、1万2千人の町民が住んでいます。自分のできることに限りはありますが、将来に渡り、「あー、美瑛に住んでいて本当に良かった」と一人でも多くの方に思ってもらえる町づくりに貢献していきたいと考えています。それができれば自分も幸せを感じることができると思っています。

美瑛には、農作地の美しい景観を目当てに観光に訪れる方が大勢いらっしゃいます。その一方で、畑に入り込んでしまい、農作業に支障をきたす行為も多く見られます。これでは、農家の方にとっては「観光=悪」となってしまいます。農家の方も観光客が増えることで、もっとメリットを享受できるような取り組みをしていきたいと思っています。そうなれば、みんながもっともっとハッピーになれると信じています。

観音⑦

プロフィール

1989年札幌大学経営学部卒業後、美瑛町役場に入庁。保健福祉関連と町立病院等医療系業務に多く携わった他、5年間は町のイベント担当としてスポーツイベントや催事を業務とした。後期高齢者医療の担当を経て2011年長期出張の命を受け東京を拠点に情報収集・人脈づくりを目的とした活動を実施。2013年北海道の町村としては3つ目となる東京事務所が設立され初代所長として現在に至る。

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